前記事(ゼロから始める三角比Part1)では、図形(多角形)における最小単位、いわば「細胞」にあたるのが「直角三角形」であることを述べた。この記事ではその細胞にあたる直角三角形について詳しく調べていくことにしよう。
三角形において重要な情報とは何か
「詳しく調べる」と言っても具体的に何を調べればいいのかピンとこないと思うので、ここで「三角形が持っている情報」について考えてみよう(ここでは一旦直角三角形に限らず一般の三角形も含めて考える)。
三角形というのはその名の通り「3つの角」を必ず持っている。また、それに伴い当然「3つの辺」も持っている。これは見た目から明らかだろう。つまり、下の図2.1のような三角形ABCがあったとき、「この三角形が持っている情報を挙げよ」と言われたら次の6項目が挙げられる。
図
2.1
三角形が持っている情報
角A
角B
角C
辺AB
辺BC
辺AC
何も難しいことはない当たり前のことを書いただけであるが、この情報が三角形を調べる上で非常に重要な情報であり、同時にこの6項目が「三角形が持つ情報のすべて」なのである。言い換えれば、上に挙げたこの6項目がすべてハッキリすれば「その三角形について完全に調べ上げた」と言っていい、ということである。
三角形の決定条件
さて、何を調べたらいいかがはっきりしたところで、ここで「三角形の決定条件」についてお話しよう。「なんだそれは」と思われる人も多いかもしれないが、記憶が良い人は中学校のときに「2つの三角形の合同条件」という定理(れっきとした定理である)で次の3条件を勉強したのを覚えているだろうか。
三角形の合同条件
2つの三角形の3辺の長さがすべて等しい。
2つの三角形の2辺とその間の角がすべて等しい。
2つの三角形の1辺とその両端の角がすべて等しい。
2つの三角形があったときに、上の3条件のうちどれか1つを満たせばその2つの三角形は合同(形としてまったく同じ)である、という定理である。ここで、当たり前であるが「合同(形が同じ)である」と言うからには、当然両者の三角形の形はただ一通りに確定していなければならない(確定していなければそもそも「形を比較」すること自体できない)。つまり、この3つの合同条件は、合同条件であると同時に三角形の「決定条件」にもなっているということである。
より丁寧に言うなら、ある三角形があったとして、その三角形が次の3条件のうちどれか1つを満たせば「その三角形の形はただ一通りに確定している」と言える、ということである。
三角形の決定条件
三角形の3辺の長さが分かっている。
三角形の2辺とその間の角が分かっている。
三角形の1辺とその両端の角が分かっている。
さらに言うと、前述の「三角形が持っている情報」の6項目(3つの角と3つの辺)について、この6項目すべてを実際に分度器や定規などで測定して調べなくても、上の「三角形の決定条件」のうちのどれか1組(「3辺」or「2辺&1角」or「1辺&2角」)さえ分かっていれば残りの情報は「計算で自動的に求められる」ということである。
ここで直角三角形に話を戻そう。三角形の中でも特に直角三角形の場合、その名の通り3つの角のうち1つは「直角」だと分かっているのだから、もし直角三角形において上の「三角形の決定条件」のどれかを使おうとなったら、必然的に「1.」を選ぶ必要性はなく「2.」か「3.」のどちらかになるだろう。今回の記事では、特に「3.」に着目して議論を進めていく。
※「2.」に着目しても良いのだが、そうすると出来上がる理論が「3.」に着目した場合と比べて若干複雑になってしまう上に応用の幅があまり効かなくなってしまう。
「1辺とその両端の角」から他の情報を求める
これまでの議論をもって、図形(多角形)における細胞(最小単位)である直角三角形を詳しく調べるために我々が何をすればいいか、これでハッキリしただろう。直角三角形において、「三角形の決定条件」の「3.」つまり「1辺とその両端の角が分かっている」という状況で、先に挙げた「三角形が持っている情報」の6項目の残りを計算で求めていく。これが我々がやるべきことである。
先ほども述べたように、直角三角形の場合3つの角のうち1つは「直角」だと分かっているので、「1辺とその両端の角が分かっている」という仮定を前提にするならあともう2つの仮定(1辺の長さと1角の大きさ)が必要である。今、それらをそれぞれ下の図2.2のように設定する。
図
2.2
直角三角形の底辺にあたる辺BCの長さを 、そしてその両端の角にあたる角B、角Cのうち直角ではない方(角B)の大きさを とした。この状況のもとで、三角形ABCの他の情報、つまり「角Aの大きさ」「辺AB(斜辺)の長さ」「辺AC(高さ)の長さ」を計算で求めていくことを考える。
まずパッとすぐに分かるのは「角Aの大きさ」である。なぜなら、三角形の内角の和は なので
が成り立ち、角B 、角C より
角A
角A
と求められるからである。
問題は「辺AB(斜辺)の長さ」と「辺AC(高さ)の長さ」である。実は、結論から言うと与えられた「 」「 」「 (直角) 」の3つの情報からこれらの辺の長さを明示的に求める一般的な解法というのは未だ発見されていない。 がある特殊な値のときに限り計算可能ではあるのだが、一般的な求め方というのは発見されていない。
ただ、もし斜辺ABと高さACの2辺の長さのうちどちらか一方が分かれば、そこから残りのもう1辺の長さを求めることは容易である。中学校で学んだ「三平方の定理」を使えば求めることができる。具体的に書くと、三角形ABCは直角三角形なのだから三平方の定理より、
が成り立つ。今、仮に斜辺ABの長さが 、すなわち だったとしよう。すると、
となるので、高さACの長さは
と求めることができる。
図
2.3
ここまでの議論をまとめると、与えられた「 」(底辺BCの長さ)、「 」(角Bの大きさ)、「 」(角Cの大きさ)の3つの情報から残りの「角Aの大きさ」「辺AB(斜辺)の長さ」「辺AC(高さ)の長さ」をすべて明らかにするためには、上で仮定した の値が分かればいいということになる。この値さえハッキリすれば残りの情報がすべて具体的に求められるので、「直角三角形ABCについては完全に調べ上げた」ことになる。しかし、先ほども述べたように、この の値を明示的に求める一般的な解法というのは未だ発見されていない。
「じゃあもうこれ以上は調べようがないじゃないか」と思われるかもしれないが、ここで少しだけ冷静になって考え直してほしい。この という値についてだが、最初に設定した や の値によって変動する値になるのはお分かりいただけるだろうか。つまり、 が増えたり減ったりすれば も増えたり減ったりするし、 が増えたり減ったりすれば も増えたり減ったりする。これは の定義(斜辺ABの長さを表すということ)を考えてみればすぐに分かる。底辺の長さ( )やそれに隣接する角の大きさ( )がゴニョゴニョ動けば、斜辺の長さである も伸びたり縮んだりするだろう。これはつまり、数学の言葉で言えば、 が「 と の関数」であるとみなすことができる、ということである。したがって、「関数である」ということを強調するために今後 を特に と書き表すことにしよう。
この関数 を明示的な形、つまり「我々がよく知っている」関数、例えば
などでもし表すことができればそれが一番良いのだが、残念ながらそういった表し方は未だ発見されていないので、関数 はもうこの という形のままでこれ以降扱っていくことにする。つまり、「 がどんな関数かはよく分からないけれどとりあえずこのまま突き進んでみる」のである。「そんなやり方でいいのか」と思うかもしれないが、実は数学においてこういった展開は割とよくあることなのである。対象の関数が明示的に表せない場合、「その関数の正体そのものを突き止めるのはとりあえず一旦諦めてその関数が満たす性質だけでも出来るところまで調べていく」というスタンスである。
次以降の記事では、関数 について明示的に表すことは一旦諦め、 が満たす性質を「 という形のままで」調べていくことを考える。(次の記事へ続く)
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