論理の『無限ループ』を作る
今、A君、B君、C君の3人がそれぞれ次のような意見を持っているとする。
A「 の値が0.1より小さければ『0に限りなく近づいた』と言えるだろう」
B「 の値が0.001より小さければ『0に限りなく近づいた』と言えるだろう」
C「 の値が0.00001より小さければ『0に限りなく近づいた』と言えるだろう」
3人の意見はすべてバラバラであるが、前にも述べた『誰もが納得できる客観的な定義』にしないといけないので、この3人の意見をすべて満足させなければならない。
ここで、次のことが成り立つのは容易にわかるだろう。
の値を10より大きくすれば、 の値は0.1より小さくなる
の値を1000より大きくすれば、 の値は0.001より小さくなる
の値を10万より大きくすれば、 の値は0.00001より小さくなる
上の3つの主張はすべて正しい。例えば、1000よりも大きい値として、 だと
となるので、確かに0.001より小さくなる。
一般に、
という主張があったとして、 の値としてどんなに小さい値を要求されたとしても、必ずそれに対応する の値が存在する。
すなわち、
の値を100万より大きくすれば、 の値は0.000001より小さくなる
の値を1000万より大きくすれば、 の値は0.0000001より小さくなる
の値を1億より大きくすれば、 の値は0.00000001より小さくなる
というように、最初に挙げた3つの主張を、延々とどこまでも繰り返すことができる。これはつまり、A君、B君、C君、ひいてはすべての人間の意見を満足させることができたのと同じである。
このように、意図的に『論理的な無限ループ』を発生させることで、すべての意見を満足するような、曖昧さのない客観的な定義を作ることができるのである。
これを数式(論理式)で表すと・・・
今話した内容を論理式で書くと、次のようになる。
これだけだと何のことかさっぱりなので、この論理式を日本語に翻訳する。
つまり、 の値としてどんな値を要求されたとしても、その に対して という値が必ず自動的に定まって、その よりも を大きく取れば は必ず より小さくできる、と言っている。これを満たすときに
と書こう、という定義になるわけだ。
ちなみに、
という部分だが、これは数学の言葉を使って言い換えるなら、
ということである。つまり、何かしらの関数 で
と表せるということである。
こういった関数 を
を満たすようにうまく見つけることができれば、 から出発して を代入し として、そこから まで変形することができる(元々そうなるように関数 を設定しているのだから当たり前である)。
今回の例で言うと
とすれば、これが関数 にあたるものになっていることが分かる(これが実際に上に述べた極限の定義を満たすことの具体的な証明は次の記事で説明する)。
以上が、極限の厳密な定義の成り立ちとその歴史的背景である。ここでいう「厳密な定義」とは、「表現の曖昧さを排除し、かつ、誰もが納得できる客観的な定義」のことを指す。数学の定義1つでも、その成り立ちを探っていくと、歴史上の数学者たちの苦悩や、「全員の意見を否定せずに漏れなく受け入れるためにはどういった定義にすればいいか」といった倫理的な背景までもが見え隠れしていることが分かってもらえたと思う。
では最後に、この極限の定義を使って、高校のときにやった極限の計算が実際に正しいことを証明してみよう。(次の記事へ続く)
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